「まあ一月でも二月でも家においてやるがいい。奉公に出したって、もう一人前の女だ」父親はそんなことを言って、何かぶつくさ言っている母親を和《なだ》めているらしかったが、お島は台所で、それを聞くともなしに、耳を立てながら、自分の食器などを取出していた。
「今に見ろ、目の飛出るようなことをしてやるから」お島はむらむらした母への反抗心を抑えながら、平気らしい顔をしてそこへ出て行った。切《せ》めて自分を養家へ口入した、西田と云う爺《じい》さんの行《や》っているような仕事に活動してみたいとも思った。その爺さんは、近頃陸軍へ馬糧などを納めて、めきめき家を大きくしていた。実直に働いて来た若いものにくれてやった姉などを、さも幸福らしく言たてる母親を、お島は苦々しく思っていたが、それにつけても、一生作などと婚礼するためには、養家の閾《しきい》は跨《また》ぐまいと考えていた。食事をしている間《ま》も、昂奮《こうふん》した頭脳《あたま》が、時々ぐらぐらするようであった。

     十五

 或日の午後におとらが迎いに来たとき、父親も丁度家に居合せて、ここから二三町先にある持地《もちじ》で、三四人の若い者を指
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