土掻《つちかき》や、木鋏《きばさみ》や、鋤鍬《すきくわ》の仕舞われてある物置にお島はいつまでも、めそめそ泣いていて、日の暮にそのまま錠をおろされて、地鞴《じだんだ》ふんで泣立てたことも一度や二度ではなかったようである。
父親は、その度《たんび》に母親をなだめて、お島を赦《ゆる》してくれた。
「多勢子供も有《も》ってみたが、こんな意地張《いじっぱり》は一人もありゃしない」母親はお島を捻《ひね》りもつぶしたいような調子で父親と争った。
お島は我子ばかりを劬《いた》わって、人の子を取って喰《く》ったという鬼子母神《きしぼじん》が、自分の母親のような人であったろうと思った。母親はお島一人を除いては、どの子供にも同じような愛執を持っていた。
日が暮れる頃に、お島は物置の始末をして、漸《やっ》と夕飯に入って来たが、父親は難《むずか》しい顔をして、いつか長火鉢の傍で膳《ぜん》に向って、お仕着せの晩酌をはじめているところであった。外はもう夜の色が這拡《はいひろ》がって、近所の牧場では牛の声などがしていた。往来の方で探偵ごっこをしていた子供達も、姿をかくして、空には柔かい星の影が春めいてみえた。
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