れた常磐木《ときわぎ》の枝葉を払いなどしていたが、目が時々|入染《にじ》んで来る涙に曇った。
「お島さん、どうも済んませんね」などと、仕事から帰って来た若いものが声をかけたりした。
「私はじっとしていられない性分だからね」とお島はくっきりと白い頬《ほお》のあたりへ垂れかかって来る髪を掻《かき》あげながら、繁《しげ》みの間から晴やかな笑声を洩していたが、預けられてあった里から帰って来て、今の養家へもらわれて行くまでの短い月日のあいだに、母親から受けた折檻《せっかん》の苦しみが、憶起《おもいおこ》された。四つか五つの時分に、焼火箸《やけひばし》を捺《おし》つけられた痕《あと》は、今でも丸々した手の甲の肉のうえに痣《あざ》のように残っている。父親に告口をしたのが憎らしいと云って、口を抓《つ》ねられたり、妹を窘《いじ》めたといっては、二三尺も積っている脊戸《せど》の雪のなかへ小突出《こづきだ》されて、息の窒《つま》るほどぎゅうぎゅう圧しつけられた。兄弟達に食物を頒《わ》けるとき、お島だけは傍に突立ったまま、物欲しそうに、黙ってみている様子が太々《ふてぶて》しいといって、何もくれなかったりした。
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