れられても身ぶるいがするほど厭であった。
 婚礼|談《ばなし》が出るようになってから、作は懲りずまに善くお島の傍へ寄って来た。余所行《よそゆき》の化粧をしているとき、彼は横へ来てにこにこしながら、横顔を眺めていた。
「あっちへ行っておいで」お島はのしかかるような疳癪声《かんしゃくごえ》を出して逐退《おいしりぞ》けた。
「そんなに嫌わんでも可《い》いよ」作はのそのそ出ていった。
 作の来るのを防ぐために、お島は夜自分の部屋の襖《ふすま》に心張棒《しんばりぼう》を突支《つっか》えておいたりしなければならなかった。
「厭だ厭だ、私死んでも作なんどと一緒になるのは厭です」お島は作のいる前ですら、始終母親にそう言って、剛情を張通して来た。
「作さんが到頭お島さんのお婿さんに決ったそうじゃないか」
 お島は仕切を取りに行く先々で、揶揄《からか》い面《づら》で訊《き》かれた。足まめで、口のてきぱきしたお島は、十五六のおりから、そうした得意先まわりをさせられていた。お島のきびきびした調子と、蓮葉《はすは》な取引とが、到るところで評判がよかった。物馴《ものな》れてくるに従って、お島の顔は一層広くなって行
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