なお島の顔を見ると、お島が七つのとき初めて、人につれられて貰われて来た時の惨《みじめ》なさまを掘返して聞せた。
「あの時お前のお父《とっ》さんは、お前の遣場《やりば》に困って、阿母《おっか》さんへの面《つら》あてに川へでも棄ててしまおうかと思ったくらいだったと云う話だよ。あの阿母さんの手にかかっていたら、お前は産れもつかぬ不具《かたわ》になっていたかも知れないよ」おとらはそう言って、生みの親の無情なことを語り聞かせた。
十二
近所でも知らないような、作とお島との婚礼談《こんれいばなし》が、遠方の取引先などで、意《おも》いがけなくお島の耳へ入ったりしてから、お島は一層|分明《はっきり》自分の惨《みじめ》な今の身のうえを見せつけられるような気がして、腹立しかった。そしてその事を吹聴してあるくらしい、作の顔が一層間ぬけてみえ、厭らしく思えた。
「まだ帰らねえかい」そう言って、小さい時分から学校へ迎えに来た作は、昔も今も同じような顔をしていた。
「外に待っておいで」お島はよく叱《しか》りつけるように言って、入り口の外に待たしておいたものだが、今でも矢張《やっぱり》、下駄に手をふ
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