《おく》の渡《わたし》あたりでもあったろうか、のんどりした暗碧《あんぺき》なその水の面《おも》にはまだ真珠色の空の光がほのかに差していて、静かに漕《こ》いでゆく淋《さび》しい舟の影が一つ二つみえた。岸には波がだぶだぶと浸《ひた》って、怪獣のような暗い木の影が、そこに揺《ゆら》めいていた。お島の幼い心も、この静かな景色を眺《なが》めているうちに、頭のうえから爪先まで、一種の畏怖《いふ》と安易とにうたれて、黙ってじっと父親の痩せた手に縋《すが》っているのであった。
二
その時お島の父親は、どういう心算《つもり》で水のほとりへなぞ彼女をつれて行ったのか、今考えてみても父親の心持は素《もと》より解らない。或《あるい》は渡しを向うへ渡って、そこで知合の家《うち》を尋ねてお島の体の始末をする目算であったであろうが、お島はその場合、水を見ている父親の暗い顔の底に、或|可恐《おそろ》しい惨忍《ざんにん》な思着《おもいつき》が潜んでいるのではないかと、ふと幼心に感づいて、怯《おび》えた。父親の顔には悔恨と懊悩《おうのう》の色が現われていた。
赤児のおりから里にやられていたお島は、家へ引
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