て、細い糸を吐きかけていた。
「お前|阿母《おっかあ》から口止されてることがあるだろうが」
養父はこの時に限らず、おとらのいない処で、どうかするとお島に訊《たず》ねた。
「どうしてです。いいえ」お島は顔を赧《あから》めた。
しかし養父はそれ以上深入しようとはしなかった。お島にはおとらに対する養父の弱点が見えすいているようであった。
もう遊びあいて、家《うち》が気にかかりだしたと云う風で、おとらの帰って来たのは、その日の暮近くであった。養父はまだ帳場の方を離れずにいたが、おとらは亭主にも辞《ことば》もかけず、「はい只今」と、お島に声かけて、茶の間へ来て足を投げ出すと、せいせいするような目色《めつき》をして、庭先を眺めていた。濃い緑の草や木の色が、まだ油絵具のように生々《なまなま》してみえた。
お島は脱ぎすてた晴衣や、汗ばんだ襦袢《じゅばん》などを、風通しのいい座敷の方で、衣紋竹《えもんだけ》にかけたり、茶をいれたりした。
「こんな時に顔を出しておきましょうと思って、方々歩きまわって来たよ」おとらは行水をつかいながら、背《せなか》を流しているお島に話しかけた。その行った先には、種違
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