いのおとらの妹の片着先《かたづきさき》や、子供のおりの田舎の友達の縁づいている家などがあった。それらは皆《みん》な東京のごちゃごちゃした下町の方であった。そして誰も好い暮しをしている者はないらしかった。そして一日二日もいると、直《じき》に厭気《いやけ》がさして来た。おとら夫婦は、金ができるにつれて、それ等の人達との間に段々隔てができて、往来《ゆきき》も絶えがちになっていた。生家《さと》とも矢張《やっぱり》そうであった。
湯から上がって来ると、おとらは東京からこてこて持って来た海苔《のり》や塩煎餅《しおせんべい》のようなものを、明《あかり》の下で亭主に見せなどしていたが、飯がすむと蚊のうるさい茶の間を離れて、直《じき》に蚊帳《かや》のなかへ入ってしまった。
毎夜々々寝苦しいお島は、白い地面の瘟気《いきれ》の夜露に吸取られる頃まで、外へ持出した縁台に涼んでいたが、近所の娘達や若いものも、時々そこに落会った。町の若い男女の噂が賑《にぎわ》ったり、悪巫山戯《わるふざけ》で女を怒《おこ》らせたりした。
仕舞湯《しまいゆ》をつかった作が、浴衣《ゆかた》を引かけて出て来ると、うそうそ傍へ寄って
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