さい。阿母さんが出ていっておしまいなすったら、私《わたし》なんざどうするんでしょう」
お島はその傍へいって、目に涙をためて哀願したが、おとらは振顧《ふりむ》きもしなかった。
夜になってから、お島は養父に吩咐《いいつ》かって、近所をそっち此方《こっち》尋ねてあるいた。青柳の家へもいって見たが、見つからなかった。
おとらの未《ま》だ帰って来ない、或日の午後、蚕に忙《せわ》しいお島の目に、ふと庭向の新建《しんだち》の座敷で、おとらを生家《さと》へ出してやった留守に、何時か為《し》たように、夥《おびただ》しい紙幣《さつ》を干している養父の姿を見た。八畳ばかりの風通しのいいその部屋には、紙幣の幾束が日当りへ取出されてあった。
十
お島は養父が、二三軒の知合の家へ葉書を出したことを知っていたが、おとらが帰ってから、漸《やっ》と届いたおとらの生家《さと》の外は、その返辞はどこからも来なかった。
養父はどうかすると、蚕室にいるお島の傍へ来て、もうひきるばかりになっている蚕を眺めなどしていた。蚕の或物はその蒼白《あおじろ》い透徹《すきとお》るような躯《からだ》を硬張《こわばら》せ
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