その時の厭な心持を想出しながら、涼気《すずけ》の立って来た忙しい夕暮の町を帰って来たが、気重いような心持がして、店へ入って行くのが憚《はばか》られた。
「己《おれ》も一度その人に逢っておこう」
小野田はお島から金を受取ると、そう云って感謝の意を表《あらわ》した。
「可《い》けない可けない」お島はそれを拒んで、「あの人は莫迦《ばか》に内気な人なんです。田舎にもあんな人があるかと思うくらい、温順《おとな》しいんですから、人に逢うのを、大変に厭がるんです」
小野田はそれを気にもかけなかったが、やっぱりその男のことを聴きたがった。
「それは東京にも滅多にないような好い男よ」お島は笑いながら応えたが、自分にも顔の赧《あか》くなるのを禁じ得なかった。
九十八
避暑客などの雑沓《ざっとう》している上野の停車場《ステーション》で、お島が浜屋に別れたのは、盆少し前の或日の午後であったが、そんな人達が全く引揚げて行ってから、お島たちはまた自分の家のばたばたになっていることに気がついた。
浜屋はお島に買せた色々の東京|土産《みやげ》などを提げこんで、パナマを前のめりに冠《かぶ》り、お島
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