むか》しの旦那だと思って、余《あんま》り見えをするなよ」
「人聞きのわるいことを言って下さるなよ」お島は押被《おっかぶ》せるように笑った。「あの人達に笑われますね。それが嘘なら聴いてみるがいい」
「そうでもなくて、あんな者が来たってそんなに大騒ぎをする奴があるかい」
「煩《うるさ》いよ」お島は終《しまい》に呶鳴《どなり》出した。

     九十七

 暑い東京にも居堪《いたたま》らなくなって、浜屋がその宿を引払って山へ帰るまでに、お島は幾度《いくたび》となくそこへ訪ねて行ったが、彼女はそれを小野田へ全く秘密にはしておけなかった。ちょっと手許《てもと》の苦しい時なぞに、お島は浜屋から時借《ときがり》をして来た金を、小野田の前へ出して、その男がどんな場合にも、自分の言うことを聴いてくれるような関係にあることを、微見《ほのめ》かさずにはいられなかった。
 浜屋はその通《かよ》っている病院で、もう十本ばかり、やってもらった注射にも飽きて、また出るにしても、盆前にはどうしても一度は帰らなければならぬ家の用事を控えている体であったが、お島たち夫婦の内幕が、初め聴いたほど巧く行っていないことが、幾
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