どを着替えて、ぶらりと何処かへ出ていって了《しま》った。
 養母はその時、青柳にその時々に貸した金のことについて、養父から不足を言われたのが、気に障《さ》わったと云って、大声をたてて良人に喰《く》ってかかった。話の調子の低いのが天性《もちまえ》である養父は、嵩《かさ》にかかって言募って来るおとらの為めに遣込《やりこ》められて、終《しまい》には宥《なだ》めるように辞《ことば》を和げたが、矢張《やっぱり》いつまでもぐずぐず言っていた。
「ちっと昔しを考えて見るが可《い》いんだ。お前さんだって好いことばかりもしていないだろう。旧《もと》を洗ってみた日には、余《あんま》り大きな顔をして表を歩けた義理でもないじゃないか」
 養蚕室にあてた例の薄暗い八畳で、給桑《きゅうそう》に働いていたお島は、甲高《かんだか》なその声を洩聞くと、胸がどきりとするようであった。お島は直《じき》に六部のことを思出さずにいられなかった。ぶすぶす言っている哀れな養父《ちち》の声も途断れ途断れに聞えた。
 青柳に貸した金の額は、お島にはよくは判らなかったが、家の普請に幾分用立てた金を初めとして、ちょいちょい持っていった金は
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