塔から、蒼《あお》い火が暗《やみ》に流れていたりした。
 浜屋の主人が肺病になったと云うことが、ふと彼女の心に暗い影を投げているのに気がついた。自分の世界が急に寂しくなったようにも感じた。しかし離れているときに考えていたほど、自分がまだあの男のことを考えているとは思えなかった。今のあの男とは全く懸はなれたその頃の山の思出が、微《かす》かに懐《なつか》しく思出せるだけであった。あの時分の若い痴呆《ちほう》な恋が、いつの間にか、水に溶《とか》されて行く紅の色か何ぞのように薄く入染《にじ》んでいるきりであった。
 自分の若い職人が一人、順吉というお島の可愛がって目をかけている小僧と一緒に、熱い仕事場の瓦斯《ガス》の傍を離れて、涼しい夜風を吸いに出ているのに、ふと観月橋の袂《たもと》のところで出会《でっくわ》した。
「どうしたえ、田舎のお爺さんは」お島は順吉に訊ねた。
 二人はにやにや笑っていた。
「今夜も酔っぱらっているんだろう」
「ええ何だかやっぱり外で飲んで来たようでしたよ」
 お島はこの順吉から、父親が自分の嫁振を蔭で非《くさ》して、不平を言っていることなどを、ちょいちょい耳にしていた
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