た。山がかりになっている料理屋の庭には、躑躅《つつじ》が咲乱れて、泉水に大きな緋鯉が絵に描いたように浮いていた。始終働きづめでいるお島は、こんなところへ来て、偶に遊ぶのはそんなに悪い気持もしなかったが、落着のない青柳や養母の目色を候《うかが》うと、何となく気がつまって居辛《いづら》かった。そして小《ちいさ》いおりから母親に媚《こ》びることを学ばされて、そんな事にのみ敏《さと》い心から、自然《ひとりで》に故《ことさ》ら二人に甘えてみせたり、燥《はしゃ》いでみせたりした。
「ええ、可《よ》ござんすとも」
お島は大きく頷《うなず》いて、威勢よくそこを出ると、急いで大師の方へと歩き出した。
町には同じような料理屋や、休み茶屋が外にも四五軒目に着いたが、人家を離れると直《すぐ》に田圃《たんぼ》道へ出た。野や森は一面に青々して、空が美しく澄んでいた。白い往来には、大師詣りの人達の姿が、ちらほら見えて、或雑木林の片陰などには、汚い天刑病《てんけいびょう》者が、そこにも此処にも頭を土に摺《すり》つけていた。それらの或者は、お島の迹《あと》から絡《まつ》わり着いて来そうな調子で恵みを強請《ねだ》った
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