なったとき、お島はそう言って、ミシンが利いていないとか、服地が粗悪だとか、何《なん》だかんだといって、品物を突返そうとする役員をよく丸め込んだ。
お島のおしゃべりで、品物が何の苦もなく通過した。
六十五
お島が自分だけで、どうかしてこの商売に取着いて行きたいとの望みを抱きはじめたのは、彼女が一日工場でミシンや裁板《たちいた》の前などに坐って、一円二円の仕事に働くよりも、註文取や得意まわりに、頭脳《あたま》を働かす方に、より以上の興味を感じだしてからであった。
「被服も随分扱ったが、女の洋服屋ってのは、ついぞ見たことがないね」
ちょいちょい納品《おさめもの》を持って行くうちに、直《じき》に昵近《ちかづき》になった被服廠の役員たちが、そう云って、てきぱきした彼女の商《あきな》いぶりを讃《ほ》めてくれた辞《ことば》が、自分にそうした才能のある事をお島に考えさせた。
「洋服屋なら女の私にだってやれそうだね」
仕事の途絶えたおりおりに、家の方にいるお島のところへ遊びに来る小野田に、お島がその事を言出したのは、今までその働きぶりに目を注いでいる小野田に取っては、自分の手で、彼
前へ
次へ
全286ページ中167ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング