ぼう》を振あげて向って来る甘酒屋を、群衆の前に取って投げて、へたばらしたという話なども、お島には芝居の舞台か何ぞのように、その時のさまを想像させるに過ぎなかった。
「この伯母さんも、旦那のことが忘れられないでいるんだ」
伯母と一緒に暮すことになってから、お島は段々彼女の心持に、同感できるような気がして来た。
「やっぱり男で苦労した若い時代が忘れられないでいるんだ」
お島はそうも思った。
そんなに好いものも縫えなかった伯母の身のまわりには、それでも仕事が絶えなかった。中には芸者屋のものらしい派手なものもあった。
その手助《てだすけ》に坐っているお島は、仕事がいけぞんざいだと云って、どうかすると物差で伯母に手を打《ぶ》たれたりした。
重《おも》に気のはらない、急ぎの仕事にお島は重宝がられた。
六十三
客から註文のセルやネルの単衣物《ひとえもの》の仕立などを、ちょいちょい頼みに来て、伯母と親しくしていたところから、時にはお島の坐っている裁物板《たちものいた》の側へも来て、寝そべって戯談《じょうだん》を言合ったりしていた小野田と云う若い裁縫師と一緒に、お島が始めて自分
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