裏通りの方から見送りに来た。
「帰ってみて、もし行《い》くところがなくて困るような時には、いつでも遣って来るさ」浜屋は切符をわたすとき、お島に私語《ささや》いた。
停車場では、鞄《かばん》や風呂敷包をさげた繭商人《まゆあきゅうど》の姿が多く目に立った。汽車に乗ってからも、それらの人の繭や生糸の話で、持切りであった。窓から頭を出しているお島の曇った目に、鳥打をかぶって畔伝《あぜづた》いに、町の裏通りへ入って行く浜屋の姿が、いつまでも見えた。汽車の進行につれて、S――町や、山の温泉場の姿が、段々彼女の頭脳《あたま》に遠のいて行った。深い杉木立や、暗い森林が目の前に拡がって来た。ゆさゆさと風にゆられる若葉が、蒼い影をお島の顔に投げた。
自分を窘《いじ》める好い材料を得たかのように、帰りを待ちもうけている母親の顔が、憶い出されて来た。お島はそれを避けるような、自分の落つき場所を考えて見たりした。
六十一
汽車が武蔵《むさし》の平野へ降りてくるにつれて、しっとりした空気や、広々と夷《なだら》かな田畠や矮林《わいりん》が、水から離れていた魚族の水に返されたような安易を感じさせた
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