た。朝晩は東京の四月頃の陽気であったが、昼になると、急に真夏のような強い太陽の光熱が目や皮膚に沁通《しみとお》って仄《ほの》かな草いきれが、鼻に通うのであった。一雨ごとに桑の若葉の緑[#底本では「縁」と誤植]が濃くなって行った。
「東京から御父《おとっ》さんが見えたから、ここへ連れて来たよ」
 主人は或百姓家の庭の、藤棚《ふじだな》の蔭にある溝池《どぶいけ》の縁《ふち》にしゃがんで、子供に緋鯉《ひごい》を見せているお島の姿を見つけると、傍へ寄って来て私語《ささや》いた。
「へえ……来ましたか」
 お島は息のつまるような声を出して叫んだなり、男の顔をしげしげ眺めていた。
「いつ来ました?」
「十一時頃だったろう。着くと直ぐ、連れて帰ると言うから、お島さんが此方《こっち》へ来ている話をすると、それじゃ私《わし》が一人で行って連れて来るといって、急立《せきた》つもんだからな」
「ふむ、ふむ」
とお島は鼻頭《はながしら》の汗もふかずに聞いていたが、「気のはやい御父さんですからね」と溜息をついた。
「それでどうしました」
「今あすこで一服すって待っているだが、顔さえ見れば直ぐに引立《ひった》てて
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