ろ》い、手足などの繊細《きゃしゃ》なその体がお島の感覚には、触るのが気味わるくも思えていたのであったが、今朝は一種の魅力が、自分を惹着《ひきつ》けてゆくようにさえ思われた。
「郵便が来ているよ」
不意にその主人が、湯殿のなかへ顔を出して、懐《ふとこ》ろから一封の手紙を出した。
それは王子の父親のところから来たのであった。
「へえ、何でしょう」
お島は手を拭きながら、それを受取った。そして封を披《ひら》いて見た。
五十五
山に雪が融けて、紫だったその姿が、くっきり碧《あお》い空に見られるようになる頃までに、お島は三度も四度も父親の手紙を受取った。
冬中|閉《とざ》されてあった煤《すす》けた部屋の隅々《すみずみ》まで、東風《こち》が吹流れて、町に陽炎《かげろう》の立つような日が、幾日《いくか》となく続いた。淡雪が意《おも》いがけなく、また降って来たりしたが、春の日光に照されて、直にびしょびしょ消えて行った。樋《ひ》の破目《われめ》から漏れおちる垂滴《すいてき》の水沫《しぶき》に、光線が美しい虹を棚引《たなびか》せて、凧《たこ》の唸声《うなりごえ》などが空に聞え、乾燥
前へ
次へ
全286ページ中142ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング