いた。土地びいきの多い人達のなかでは、勝手が違って勤めにくかったが、鉱山《やま》から来る連中には可也に持囃《もてはや》された。
おかなは朝来ると、晩方には大抵帰って行ったが、旦那が東京へ用達《ようたし》などに出るおりには、二晩も三晩も帰らないことがあった。二里ほど奥にある、山間の温泉場へ、呼出をかけられて、壮太郎が出向いて行くこともあった。
おかなは素人《しろうと》くさい風をして、山焦《やまやけ》のした顔に白粉も塗らず、ぼくぼくした下駄をはいて遣って来たが、お島には土地の名物だといって固い羊羹《ようかん》などを持って来た。
女のいる間、お島は家を出て、精米所へ行ったり、浜屋で遊んでいたりした。
精米所では、東京風の品《ひん》のいい上《かみ》さんが、家に引込《ひっこみ》きりで、浜屋の後家《ごけ》に産れた主人の男の子と、自分に産れた二人の女の子供の世話をしていた。
「浜屋のおばさんの処《とこ》へいきましょうね」
お島は近所の子供たちと、例の公園に遊んでいるその男の子の、綺麗な顔を眺めながら言ってみた。
「あ」と、子供は頷《うなず》いた。
「阿母《おっか》さんとおばさんと、孰《どっ
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