お島は高い調子に叫んだ。それで作はのそのそと出ていったが、それまで何の気もなしに見ていたそれと同じような作の挙動が、その時お島の心に一々意味をもって来た。お島は劇しい侮蔑を感じた。或時は野良仕事をしている時につけ廻されたり、或時は湯殿にいる自分の体に見入っている彼の姿を見つけたりした。
 お島はそれ以来、作の顔を見るのも胸が悪かった。そして養父から、善く働く作を自分の婿に択《えら》ぼうとしているらしい意嚮《いこう》を洩《もら》されたときに、彼女は体が竦《すく》むほど厭《いや》な気持がした。しかし養父のその考えが、段々|分明《はっきり》して来たとき、お島の心は、自《おのずか》ら生みの親の家の方へ嚮《む》いていった。
「何しろ作は己《おれ》の血筋のものだから、同じ継《つが》せるなら、あれに後を取らせた方が道だ」
 養父は時おり妻のおとらと、その事を相談しているらしかったが、お島はふとそれを立聞したりなどすると、堪えがたい圧迫を感じた。我儘《わがまま》な反抗心が心に湧返《わきかえ》って来た。
 作の自分を見る目が、段々親しみを加えて来た。彼は出来るだけ打釈《うちと》けた態度で、お島に近づこう
前へ 次へ
全286ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング