ほど美しく肉づき伸びて行くのが物希《ものめずら》しくふと彼の目に映った。たっぷりしたその髪を島田に結って、なまめかしい八つ口から、むっちりした肱《ひじ》を見せながら、襷《たすき》がけで働いているお島の姿が、長いあいだ彼の心を苦しめて来た、彼女に対する淡い嫉妬《しっと》をさえ、吸取るように拭《ぬぐ》ってしまった。それまで彼は歴々《れっき》とした生みの親のある、家の後取娘として、何かにつけておとらから衒《ひけ》らかす様に、隔てをおかれるお島を、詛《のろ》わしくも思っていた。
五
お島が作を一層嫌って、侮蔑《ぶべつ》するようになったのもその頃からであった。
蒸暑い夏の或真夜中に、お島はそこらを開放《あけはな》して、蚊帳《かや》のなかで寝苦しい体を持余《もてあま》していたことがあった。酸《す》っぱいような蚊の唸声《うなりごえ》が夢現《ゆめうつつ》のような彼女のいらいらしい心を責苛《せめさいな》むように耳についた。その時ふとお島の目を脅《おびや》かしたのは、蚊帳のそとから覗《のぞ》いている作の蒼白い顔であった。
「莫迦《ばか》、阿母《おっか》さんに言告《いいつ》けてやるぞ」
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