島はおとらが、その頃のことを何かのおりには作に言聞かせているのを善く聞いた。おとらは兄夫婦が、汽車にも得乗《えの》らず、夏の暑い日と、野原の荒い風に焼けやつれた黝《くろ》い顔をして、疲れきった足を引きずりながら這込《はいこ》んで来た光景を、口癖のように作に語って聞かせた。少しでも怠けたり、ずるけたりするとそれを持出した。
「あの衆《しゅ》と一緒だったら、お前だって今頃は乞食でもしていたろうよ。それでも生みの親が恋しいと思うなら、いつだって行くがいい」
 作は親のことを言出されると、時々ぽろぽろ涙を流していたものだが、終《しまい》にはえへへと笑って聞いていた。
 作はそんなに醜い男ではなかったが、いじけて育ったのと、発育|盛《さかり》を劇《はげ》しい労働に苦使《こきつか》われて営養が不十分であったので、皮膚の色沢《いろつや》が悪く、青春期に達しても、ばさばさしたような目に潤いがなかった。主人に吩咐《いいつ》かって、雨降りに学校へ迎えに行ったり、宵に遊びほうけて、何時までも近所に姿のみえないおりなどは、遠くまで捜しにいったりして、負《おぶ》ったり抱いたりして来たお島の、手足や髪の見ちがえる
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