植源の庭には、大きな水甕《みずがめ》が三つもあった。お島は男の手の足りないおりおりには、その一つ一つに、水を盈々《なみなみ》汲込まなければならなかった。そしてそれを沢山の花圃《はなばたけ》や植木に漑《そそ》がなければならなかった。その頃かかっていた病身な出戻りの姉娘の連れていた二人の子供の世話も、朝晩に為なければならなかった。田舎で鉄道の方に勤めていた官吏の許《もと》へ片づいていたその姉は、以前この家に間借をしていたことのあるその良人が、田舎へ転任してから、七年目の今茲《ことし》の夏、遽《にわか》に病死してしまった。
 東北|訛《なまり》のその子供は、おゆうには二人とも嫌われたが、お島には能く懐《なつ》いた。お島は暇さえあると、髪を結ったり、リボンをかけてやったり、寝起《ねおき》や入浴や食事の世話に骨惜みをしなかった。
 嫁にやられるとき、拵えて行ったものなどを不残《そっくり》亡《な》くして、旅費と当分の小遣にも足りぬくらいの金を、少《すこし》ばかりの家財を売払って持って来た姉は、まだ乳離れのせぬ小《ちいさ》い方の男の子を膝《ひざ》にのせて、時々縁側の日南《ひなた》に坐りながら、
前へ 次へ
全286ページ中108ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング