ふと紙のうえを軋《きし》る万年筆の音が、耳にふれて来ると、渾身《からだじゅう》の全神経がそれに錘《あつま》って来て、向返ってその方を見ない訳にいかなかった。
「何をしてるんです、今時分……」
お島はいきなり声を立てて、鶴さんを吃驚《びっくり》させた。鞄のなかには、女の手紙が一二通はみ出しているのが見えた。
鶴さんは、ちらと此方《こっち》を見たが、黙ってまたペンを動かしはじめた。お島はいらいらしい目をすえて、じっと見つめていたが、忽《たちま》ち床から乗出して、その手紙を褫奪《ひったく》ろうとした。
「おい、戯談《じょうだん》じゃないぜ」
鶴さんはそれでも落着いたもので、そっと書かけの手紙を床の下へ押込もうとしたが、同時に、お島の手は傍にあった折鞄を浚《さら》っていくために臂《ひじ》まで這出《はいだ》して来た。
「おい、ちょっと話がある」大分たってから、鶴さんは床のうえに起上って、疲れて枕に突伏になっているお島に声かけた。暴出《あれだ》すお島を押えたために、可也興奮させられて来た鶴さんは、爪痕《つめあと》のばら桜になっている腕をさすりながら、莨《たばこ》を喫《ふか》していた。
お島
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