の顔を眺めていた。
「どうせ長持のしない身上《しんしょう》だもの。今のうち好きなことをしておいた方が、此方《こっち》の得さ。あの人だって、私に隠して勝手な真似《まね》をしているんじゃないか」
お島はその日も、外へ出ていった鶴さんの行先《ゆきさき》を、てっきり植源のおゆうの許《とこ》と目星をつけて、やって来たのであった。そして気味を悪がって姉の止めるのも肯《き》かずに、出ていった。
おどおどして入っていった植源の家の、丁度お八つ時分の茶《ちゃ》の室《ま》では、隠居や子息《むすこ》と一緒に、鶴さんもお茶を飲みながら話込んでいたが、お島が手土産の菓子の折を、裏の方に濯《すす》ぎものをしているおゆうに示《み》せて、そこで暫《しばら》く立話をしている間《ま》に、鶴さんも例の折鞄を持って、そこを立とうとしておゆうに声をかけに来た。
「まあ可《い》いじゃありませんか。お島さんの顔を見て直《じ》き立たなくたって。御一緒にお帰んなさいよ」
おゆうは愛相よく取做《とりな》した。
「自分に弱味があるからでしょう」お島は涙ぐんだ面《おもて》を背向《そむ》けた。
夫婦はそこで、二言三言言争った。
「私《あっし》も、島《これ》のいる前で、一つ皆さんに訊《き》いてもらいたいです」鶴さんは蒼《あお》くなって言った。
そしておゆうがお島をつれて、自分の部屋へ入ったとき、鶴さんもぶつぶつ言いながら、側へやって来た。
「孰《どっち》も孰《どっち》だけれど、鶴さんだって随分可哀そうよお島さん」終《しま》いにおゆうはお島に言かけたとき、お島は可悔《くやし》そうにぽろぽろ涙を流していた。
夫婦はそこで、撲《なぐ》ったり、武者振《むしゃぶり》ついたりした。
大分たってから、呼びにやった姉につれられて、お島はそこから姉の家へ還されていった。
三十八
姉の家へ引取られてからも、お島の口にはまだ鶴さんの悪口《あっこう》が絶えなかった。おゆうに庇護《かば》われている男の心が、歯痒《はがゆ》かったり、妬《ねた》ましく思われたりした。男を我有《わがもの》にしているようなおゆうの手から、男を取返さなければ、気がすまぬような不安を感じた。
お島は仕事から帰った姉の亭主が晩酌の膳《ぜん》に向っている傍で、姉と一緒に晩飯の箸《はし》を取っていたが、心は鶴さんとおゆうの側にあった。
「そうそう、こんな
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