だよ」姉は肥りきったお島の顔を眺めながら揶揄《からか》ったが、男のいい鶴さんを旦那《だんな》に持つことになったお島の果報に嫉妬《しっと》を持っていることが、お島に感づかれた。死んだ上《かみ》さんの衣裳《いしょう》が、そっくりそのまま二階の箪笥に二棹《ふたさお》もあると云うことも、姉には可羨《うらやま》しかった。
 結納の取換《とりかわ》せがすんで、目録が座敷の床の間に恭《うやうや》しく飾られるまでは、お島は天性《もちまえ》の反抗心から、傍《はた》で強《し》いつけようとしているようなこの縁談について、結婚を目の前に控えている多くの女のように、素直な満足と喜悦《よろこび》に和《やわら》ぎ浸ることができずに、暗い日蔭へ入っていくような不安を感じていた。養家にいた今までの周囲の人達に対する矜《ほこり》を傷つけられるようなのも、肩身が狭かった。作太郎に嫁が来たと云う噂《うわさ》が、年のうちに此方《こっち》へも伝っていた。お島はそのことを、糧秣《りょうまつ》問屋の爺さんからも聞いたし、その土地の知合の人からも話された。その嫁はお島も知っている、男に似合いの近在の百姓家の娘であった。
「あの馬鹿が、どんな顔してるか一度見にいってやりましょうよ」お島は面白そうに笑ったが、何かにつけ、それを引合いに自分を悪く言う母親などから、そんな女と一つに見られるのが腹立しかった。

     二十九

 結婚の翌日、新郎の鶴さんは朝早くから起出して、店で小僧と一緒に働いていた。昨夜|極《ごく》親しい少数の人たちを呼んで、二人が手軽な祝言《しゅうげん》をすました手狭な二階の部屋には、まだ新郎の礼服がしまわれずにあったり、新婦の紋附や長襦袢《ながじゅばん》が、屏風《びょうぶ》の蔭に畳みかけたまま重ねられてあったりした。蓬莱《ほうらい》を飾った床の間には、色々の祝物が秩序もなくおかれてあった。
 客がみなお開きになってからも、それだけは新調したらしい黒羽二重の紋附をぬぐ間がなく、新郎の鶴さんは二度も店へ出て、戸締や何かを見まわったりしていたが、いつの間にか誰が延べたともしれぬ寝床の側に坐っているお島の側へ戻って来ると、いきなり自分の商売上のことや、財産の話を花嫁に為《し》て聞せたりした。そして病院へ入れたり、海辺へやったりして手を尽して来た、前《せん》の上《かみ》さんの病気の療治に骨の折れたことや、金
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