子を入れてくれた。
「老爺《おやじ》はああいいますけれど、お上さんの気前を買って、私がお貸し申しましょう。だから入れられるだけ入れてみて下さい。倒されればそれまでです」
そしてその翌朝、彼は小僧と一緒に硝子を運びこんで、それを飾窓や入口のドアなどに切はめてくれた。
「お前さんは若いにしては感心だよ。そう云う風に出られると、誰だって贔屓《ひいき》にしないじゃいられないからね。また好いお得意をどっさり世話してあげますよ」
お島はそう言って、その硝子屋を還した。
看板を書くために、ペンキ屋が来たり、小野田が自転車で飛して、方々当ってみてあるいた羅紗のサンプルが持込まれたり、スタイルの画見本の額が、店に飾られたりした。
白い夏の女唐服に、水色のリボンの捲《ま》かれた深い麦稈《むぎわら》帽子を冠《かぶ》って、お島が得意まわりをしはじめるようになったのは、それから大分たってからであった。
「どうです、似合いますか」などと、お島は姿見の前を離れて、その頃また来ることになった木村という職人や小野田の前に立った。コルセットで締つけられた、太い胴が息がつまるほど苦しかった。皮膚の汚点《しみ》や何かを隠すために、こってり塗りたてた顔が、凄艶《せいえん》なような蒼味《あおみ》を帯びてみえた。
「莫迦《ばか》に若くみえるね。少くとも布哇《ハワイ》あたりから帰って来た手品師くらいには踏めますぜ」木村は笑った。
お島はその身装《なり》で、親しくしているお顧客《とくい》をまわって行った。その中には若い歯科医や弁護士などもあった。
「どこの西洋美人がやって来たかと思ったら、君か」
途中で行逢った若い学生たちは、そういって不思議な彼女の姿に目を※[#「※」は「目+爭」、第3水準1−88−85、190−14]《みは》った。
「その身装《なり》で、ぜひ僕んとこへもやって来てくれたまえ」
彼等の或者は、肉づきの柔かい彼女の手に握手をして、別れて行ったりした。
「洋服はばかに評判がいいんですよ」
お島は日の暮に帰って来ると、急いで窮屈なコルセットをはずしてもらうのであったが、薄桃色肉のぽちゃぽちゃした体が、はじめて自分のものらしい気がした。
小野田は色々の学校へ新《あらた》に入学した学生たちの間に撒《ま》くべき、広告札の意匠などに一日腐心していた。
百三
時間割表などの刷込ま
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