入れたりすることを行《や》っているのであったが、お島が一人で面白がってやっている顧客《とくい》まわりも、集金の段になってくると、やっぱり小野田自身が出て行くより外ないようなことが多かった。
 夕方にお島は機嫌を直して、硝子屋の方へ出て行った。
「この店さえ出来あがれば、少し資本を拵《こしら》えて、夏の末には己が新趣向の広告をまいて、有《あら》ゆる中学の制服を取ろうと思っている」
 小野田はそう言って、この頃から考えていた自分の平易で実行し易《やす》いような企劃《もくろみ》をお島に話した。
「それには女唐服《めとうふく》を着て、お前が諸学校へ入込んで行かなければならぬのだがね」
「駄目です駄目です。制服なんかやったって、どれだけ儲かるもんですか」
 そんな際物《きわもの》仕事が、自分の顔にでもかかるか何かのように考えているお島は、そう言って反抗したが、好い客を惹着《ひきつ》けるような立派な場所と店と資本とをもたない自分達に取っては、そうでもして数でこなすより外ないことを小野田は主張した。
 学生相手の確《たしか》なことはお島も知っていた。洋服姿で、若い学生だちの集りのなかへ入って行く自分の姿を想像するだけでも、彼女は不思議な興味を唆《そそ》られた。
「そうすると、お前の顔は直きに学生仲間に広まってしまうよ」
 小野田はその妻や娘を売物にすることを能《よ》く知っている、思附のある興行師か何ぞのような自分の計劃《けいかく》で、成功と虚栄に渇《かわ》いている彼女を使嗾《しそう》する術を得たかのように、自信のある目を輝かしていた。
「ふむ」お島は自分がいつからかぼんやり望んでいたことを、小野田が探りあててくれたような興味を感じた。男が頼もしい悧巧《りこう》もののように思えて来た。
「それは確《たしか》にあたるね」お島はそういって賛成した。

     百二

 横浜に店を出している知合いの女唐服屋で、お島が工面した金で自分の身装《みなり》をすっかり拵《こしら》えて来たのは、それから大分たってからであった。
 新築の家はすっかり出来あがって、硝子もはまった飾窓に、小野田が柳原から見つけて買って来た古い大礼服の金モオルなどが光っていた。
 一度姿見を買ったことのある硝子屋では、主人はその申込を最初は断ったが、お島のことを知っている息子《むすこ》が、自分で引受けて要《い》るだけの硝
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