の放蕩《ほうとう》で、所有の土地もそっちこっち抵当に入っていることなどを、蔭でお島に話して聴せた。
「御父さんが、あすこの地面を私にくれるなんて言っていましたっけがね、あれはどうする気でしょうね」
 お島は嫂の口占《くちうら》を引いてでも見るように、そう言ってみた。
「へえ、そんな事があるんですか。私はちっとも知りませんよ」
「男だけには、それぞれ所有《もち》を決めてあるという話ですけれどね」
 お島はこの場合それだけのものがあれば、一廉《ひとかど》の店が持てることを考えると、いつにない慾心の動くのを感じずにはいられなかったが、家を出て山へ行ってから、父親の心が、年々自分に疎《うと》くなっていることは争われなかった。
「行きましょうよ」
 お島はまだ母親の傍にいる男を急《せき》たてて、やっと外へ出た。

     九十

 狭い三畳での、窮屈で不自由な夫婦生活からと、男か女かの孰《いず》れかにあるらしい或生理的の異常から来る男の不満とが、時とするとお島には堪えがたい圧迫を感ぜしめた。
「へえ、そんなもんですかね」
 若い亭主を持っている印判屋の上さんから、男女間の性慾について、時々聞かされることのあるお島は、それを不思議なことのように疑い異《あやし》まずにはいられなかった。
「じゃ、私が不具《かたわ》なんでしょうかね」
 お島はどうかすると、男の或《ある》不自然な思いつきの要求を満すための、自分の肉体の苦痛を想い出しながら、上さんに訊《き》いた。
「でもこれまで私は一度も、そんな事はなかったんですからね」
 お島はどんな事でも打明けるほどに親しくなった上さんにも、これまでに外に良人を持った経験のあることを話すのに、この上ない羞恥《しゅうち》を感じた。
「真実《ほんとう》は、私はあの人が初めじゃないんですよ」
「それじゃ旦那が悪いんでしょうよ」
「でも、あの人はまた私が不可《いけな》いんだと言うんですの。だから私もそうとばかり思っていたんですけれど……真実《ほんと》に気毒《きのどく》だと思っていたんです」
「そんな莫迦なことってあるもんじゃ有りませんよ、お医者に診ておもらいなさい」
 上さんは、真実《まったく》それが満《つま》らない、気毒な引込思案であるかのように、色々の人々の場合などを話して勧めた。
「まさか……極《きまり》がわりいじゃありませんか」
 お島は耳朶《
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