附近に散かっている二三箇所の持地を、小野田と一緒に見廻りながら、五百坪ばかりの細長い地所へ小野田を連れて行って言った。
雑木の生茂《おいしげ》っているその地所には、庭へ持出せるような木も可也にあった。暗い竹藪《たけやぶ》や荒れた畑地もあった。周囲《まわり》には新しい家《いえ》が二三軒建っていた。
「ふむ」小野田は驚異の目を※[#「※」は「目+爭」、第3水準1−88−85、163−9]《みは》って、その木立のなかへ入って行った。夏草の生茂った木立の奥は、地面がじめじめしていて、日の光のとどかぬような所もあった。
「この辺の地所は坪どのくらいのものだろう」
小野田はそこを出てお島の傍へ来ると、打算的の目を耀《かがや》かして訊《たず》ねた。
「どの位だかね。今じゃ十円もするでしょうよ」
お島は※[#「※」は「りっしんべん+兄」、第3水準1−84−45、163−14]《とぼ》けたような顔で応《こた》えたが、この地面が自分の有《もの》になろうとは思えなかった。
生家《さと》では二三年のあいだ家を離れて、其方《そっち》こっち放浪して歩いていた兄が、情婦《おんな》に死訣《しにわか》れて、最近にいた千葉の方から帰って来ていた。一時|生家《さと》へ還っていた嫁も、その子供をつれて、久振で良人《おっと》と一緒に暮していた。兄は一時悪い病に罹《かか》ってから、めっきり健康が衰え、お島と山で世帯を持っていた頃の元気もなくなっていた。お島はあの頃の山の生活と、二三度そこで交際《つきあ》った兄の情婦《おんな》の身のうえなどを想い出させられた。悪い病気にかかったというその情婦は、どこへ行っても兄に附絡《つきまと》われていて、好いこともなくて旅で死んでしまった。その時は、何の気もなしに傍観していた二人の情交《なか》や心持が、お島にはいくらか解るように思えて来たが、どこが好くて、あの女がそんなに男のために苦労したかが訝《いぶ》かられた。
「あの時は、兄さんはほんとに私をひどい目に逢わしたね」
お島は長いあいだの経過を考えて、何の温かみも感ずることのできない恣《ほしいま》まな兄との接触に、失望したように言出した。
兄はその頃のことは想い出しもしないような顔をしていた。お島たちの寄ついて来ることを、余り悦んでもいないらしかった。
「あれはああ云う男です。人が悪いっていうんでもないけれど、人情
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