お化粧《つくり》をして、上さん気取で長火鉢の傍に坐っていた。
 始終|忙《せわ》しそうに、くるくる働いている川西は、夜は宵の口から二階へあがって、臥床《ふしど》に就いたが、朝は女がまだ深い眠にあるうちから床《とこ》を離れて、人の好《よ》い口喧《くちやかま》しい主人として、口のわるい職人や小僧たちから、蔭口を吐《つ》かれていた。
 お島は女が二階から降りて来ぬ間に、手捷《てばし》こくそこらを掃除したり、朝飯の支度に気を配ったりしたが、寝恍《ねぼ》けた様な締《しまり》のない笑顔をして、女が起出して来る頃には、職人たちはみんな食膳《しょくぜん》を離れて、奥の工場で彼女の噂《うわさ》などをしながら、仕事に就いていた。
 彼らが食事をするあいだ、裏でお島の洗い灑《すす》ぎをしたものが、もう二階の物干で幾枚となく、高く昇った日に干されてあった。
「どうも済みませんね」
 ばけつ[#「ばけつ」に傍点]をがらがらいわせて、働いているお島の姿を見ると、それでも女は、懈《だる》そうな声をかけて、日のじりじり照はじめて来た窓の外を眺めていた。毛並のいい頭髪《あたま》を銀杏返《いちょうがえ》しに結って、中形《ちゅうがた》のくしゃくしゃになった寝衣《ねまき》に、紅《あか》い仕扱《しごき》を締めた姿が、細そりしていた。白粉《おしろい》の斑《まだら》にこびりついたような額のあたりが、屋根から照返して来る日光に汚《きたな》らしく見えた。
「どういたしまして」
 お島は無造作に懸つらねた干物の間を潜《くぐ》りぬけながら、袂《たもと》で汗ばんだ顔を拭《ふ》いていた。
「私は働かないではいられない性分ですからね。だから、どんなに働いたって何ともありませんよ」
「そう」
 女はまだうっとりした夢にでも浸っているような、どこか暗い目色《めつき》をしながら呟いた。
「私の寝るのは、大抵十二時か一時ですよ」
「そうですかね」お島は白々しいような返辞をして、「でも可《い》いじゃありませんか。お秀さんは好い身分だって、衆《みんな》がそう言っていますよ」
 女は紅くなって、厭な顔をした。
「そうそう、お秀さんといっちゃ悪かったっけね。御免なさいよ」

     八十三

「どうです、今日は素敵に好《い》いお顧客《とくい》を世話してもらいましたよ」
 半日でも一日でも、外へ出て来ないと気のすまないようなお島は、職人たち
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