の室《ま》の火鉢の側には下に使われている男が仕事を休んで、四五人集っていた。大きな縁起棚の傍には、つい三四日前の酉《とり》の市《いち》で買って来た熊手などが景気よく飾られて、諸方からの附届けのお歳暮が、山のように積まれてあった。男達のなかには、お島が見知《みしり》の顔も見受けられた。
「お上さんは莫迦に鉄火な女だっていうから、外套《がいとう》を一つ拵《こさ》えてもらおうと思うんだが……」
金歯や指環などをぴかぴかさせて、糸織の褞袍《どてら》に着脹《きぶく》れている、五十年輩のその親方は、そう言いながら、サンプルを見はじめた。痩《やせ》ぎすな三十七八の小意気な女が、軟かものを引張って、傍に坐っていた。
「工合がよければ、またちょいちょい好いお客をおれが周旋するよ」
親分は無造作に註文を決めて了うと、そう言って莨をふかしていた。今まで受けたこともないような河獺《かわおそ》の衿《えり》つき外套や、臘虎《らっこ》のチョッキなどに、お島は当素法《あてずっぽう》な見積を立てて目の飛出るほどの法外な高値を、何の苦もなく吹きかけたのであった。
「これを一つあなたのような方に召していただいて、是非皆さんに御吹聴して頂きたいのでございます。どういたしましても、親方のようなお顔の売れた方の御|贔屓《ひいき》にあずかりませんと、私共《わたくしども》の商売は成立って行きませんのでございます」
男達はみんなお島の弁《しゃべ》る顔を見て、面白そうに笑っていた。
「お上さんの家では、お上さんが大層な働きもので、お亭主はぶらぶら遊んでいるというじゃないか」男たちはお島に話しかけた。
「衆《みな》さんがそう言って下さいます」お島は赤い顔をして、サンプルを仕舞っていた。
「たまに宅へお見えになるお客がございましても、私《わたくし》がいないと御註文がないと云う始末でございますから。あれじゃお前が一人で切廻す訳だと、お客さまが仰《おっし》ゃって下さいます」
お島はそう言って、この商売をはじめた自分の行立《ゆきたて》を話して、衆《みんな》を面白がらせながら、二時間も話しこんでいた。
「あの辺でおきき下さいませば、もう誰方《どなた》でも御存じでございます。滝庄《たきしょう》という親分が、以前私の父の兄で、顔を売っていたものですから、ああ云う社会の方《かた》が、あの辺ではちょいちょい私のお得意さまでござい
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