頼んであるいた。
「仕事はいっくらでも出ます。引受けきれないほどあります」
小野田はお島がやってみることになった、毛布の方の仕事を背負《しょ》いこんで来ると、そう言ってその遣方を彼女に教えて行った。
毛布というのは兵士が頭から着る柿色の防寒|外套《がいとう》であった。女の手に出来るようなその纏《まと》めに最初働いていたお島は、縫あがった毛布にホックや釦《ボタン》をつけたり、穴かがりをしたりすることに敏捷《びんしょう》な指頭《ゆびさき》を慣した。「これのまとめ[#「まとめ」に傍点]が一つで十三銭ずつです」小野田がそう云って配《あてが》っていった仕事を、お島は普通の女の四倍も五倍もの十四五枚を一日で仕上げた。
手ばしこく針を動かしているお島の傍へ来て、忙《せわ》しいなかを出来上りの納《おさめ》ものを取りに来た小野田はこくりこくりと居睡をしていた。
平気で日に二円ばかりの働きをするお島の帯のあいだの財布のなかには、いつも自分の指頭《ゆびさき》から産出した金がざくざくしていた。
「こんな女《ひと》を情婦《いろ》にもっていれば、小遣に不自由するようなことはありませんな」
小野田は眠からさめると、せっせと穴かがりをやっている手の働きを眺めながら、そう言ってお島の働きぶりに舌を捲《ま》いていた。
「どうです、私を情婦《いろ》にもってみちゃ」お島は笑いながら言った。
「結構ですな」
小野田はそう言いながら、品物を受取って、自転車で帰っていった。
ホックづけや穴かがりが、お島には慣れてくると段々|間弛《まだる》っこくて為方がなくなって来た。
年の暮には、お島はそれらの仕事を請負っている小野田の傭《やと》われ先の工場で、ミシン台に坐ることを覚えていた。むずかしい将校服などにも、綺麗にミシンをかけることが出来てきた。
「訳あないや、こんなもの、男は意気地がないね」
お島はのろのろしている、仲間を笑った。
車につんで、溜池《ためいけ》の方にある被服廠《ひふくしょう》の下請《したうけ》をしている役所へ搬《はこ》びこまれて行く、それらの納めものが、気むずかしい役員|等《ら》のために非《けち》をつけられて、素直に納まらないようなことがざら[#「ざら」に傍点]にあった。
「こんなものが納まらなくちゃ為方がないじゃありませんか」
男達に代って、それらの納めものを持って行くことに
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