のはまった、明い事務室で、椅子に腰かけて、青い巾《きれ》の張られた大きな卓子《テーブル》に倚《よっ》かかって、眼鏡をかけて、その日の新聞の相場づけに眼を通していたが、壮太郎の方へ笑顔を向けると、お島にも丁寧にお辞儀をした。柱の状挿《じょうさし》には、主《おも》に東京から入って来る手紙や電報が、夥《おびだた》しく挿《はさ》まれてあった。米屋町の旦那のような風をしたその主人を、お島は不思議そうに眺めていた。
「ここの庭さ、己《おれ》が手を入れたというのは……」壮太郎は飛石伝いに、築山《つきやま》がかりの庭へ出てゆくと、お島に話しかけたが、そこから上へ登ってゆくと、小さい公園ほどの広々した土地が、目の前に展《ひら》けた。
「へえ、こんな暮しをしている人があるんですかね」
お島はそこから、築山のかかりや、家建《やだち》の工合を見下しながら呟いた。
「ここへみっしり木を入れて、この町の公園にしようてえのが、あの人の企劃《もくろみ》なんだがね。金のかかる仕事だから、少し景気が直ってからでないと……」
兄はそう言って、子供のためのグラウンドのような場所の周《まわり》にある、木陰のベンチに腰をおろして、莨《たばこ》をふかしはじめた。
四十九
直《じき》にお島は、ここの主人や上《かみ》さんや、子供達とも懇意になったが、来た時から目についた、通りの方の浜屋と云う旅館の人達とも親しくなった。
旅館の方には、お島より二つ年下の娘の外に、里から来ている女中が三人ほどいたが、始終帳場に坐っている、色の小白い面長な優男《やさおとこ》が、そこの主人であった。物堅そうなその主人は、大《おおき》い声では物も言わないような、温順《おとな》しい男であった。
山国のこの寂れた町に涼気《すずけ》が立って来るにつれて、西北に聳《そび》えている山の姿が、薄墨色の雲に封《とざ》されているような日が続きがちであった。鬱々《くさくさ》するような降雨《あめふり》の日には、お島はよく浜屋へ湯をもらいに行って、囲炉裏縁《いろりばた》へ上り込んで、娘に東京の話をして聞かせたり、立込んで来る客の前へ出たりした。
一家の締《しまり》をしている、四十六七になった、ぶよぶよ肥りの上さんと、一日小まめに体を動かしづめでいる老爺《おじい》さんとが、薄暗いその囲炉裏の側に、酒のお燗番《かんばん》をしたり、女中の指図
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