ほど美しく肉づき伸びて行くのが物希《ものめずら》しくふと彼の目に映った。たっぷりしたその髪を島田に結って、なまめかしい八つ口から、むっちりした肱《ひじ》を見せながら、襷《たすき》がけで働いているお島の姿が、長いあいだ彼の心を苦しめて来た、彼女に対する淡い嫉妬《しっと》をさえ、吸取るように拭《ぬぐ》ってしまった。それまで彼は歴々《れっき》とした生みの親のある、家の後取娘として、何かにつけておとらから衒《ひけ》らかす様に、隔てをおかれるお島を、詛《のろ》わしくも思っていた。
五
お島が作を一層嫌って、侮蔑《ぶべつ》するようになったのもその頃からであった。
蒸暑い夏の或真夜中に、お島はそこらを開放《あけはな》して、蚊帳《かや》のなかで寝苦しい体を持余《もてあま》していたことがあった。酸《す》っぱいような蚊の唸声《うなりごえ》が夢現《ゆめうつつ》のような彼女のいらいらしい心を責苛《せめさいな》むように耳についた。その時ふとお島の目を脅《おびや》かしたのは、蚊帳のそとから覗《のぞ》いている作の蒼白い顔であった。
「莫迦《ばか》、阿母《おっか》さんに言告《いいつ》けてやるぞ」
お島は高い調子に叫んだ。それで作はのそのそと出ていったが、それまで何の気もなしに見ていたそれと同じような作の挙動が、その時お島の心に一々意味をもって来た。お島は劇しい侮蔑を感じた。或時は野良仕事をしている時につけ廻されたり、或時は湯殿にいる自分の体に見入っている彼の姿を見つけたりした。
お島はそれ以来、作の顔を見るのも胸が悪かった。そして養父から、善く働く作を自分の婿に択《えら》ぼうとしているらしい意嚮《いこう》を洩《もら》されたときに、彼女は体が竦《すく》むほど厭《いや》な気持がした。しかし養父のその考えが、段々|分明《はっきり》して来たとき、お島の心は、自《おのずか》ら生みの親の家の方へ嚮《む》いていった。
「何しろ作は己《おれ》の血筋のものだから、同じ継《つが》せるなら、あれに後を取らせた方が道だ」
養父は時おり妻のおとらと、その事を相談しているらしかったが、お島はふとそれを立聞したりなどすると、堪えがたい圧迫を感じた。我儘《わがまま》な反抗心が心に湧返《わきかえ》って来た。
作の自分を見る目が、段々親しみを加えて来た。彼は出来るだけ打釈《うちと》けた態度で、お島に近づこう
前へ
次へ
全143ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング