だと思われます。
 へルンは早起きの方でした。しかし、私や子供の『夢を破る、いけません』と云うので私が書斎に参りますまで火鉢の前にキチンと坐りまして、静かに煙草をふかしながら待って居るのが例でした。
 あの長い煙管[#「煙管」は底本では「煙晉」と誤植]が好きでありまして、百本程もあります。一番古いのが日本に参りました年ので、それから積り積ったのです。一々彫刻があります。浦島、秋の夜のきぬた、茄子、鬼の念仏、枯枝に烏、払子、茶道具、去年今夜の詩、などのは中でも好きであったようです。これでふかすのが面白かったようです。外出の時は、かますの煙草入に鉈豆のキセルを用いましたが、うちでは箱のようなものに、この長い煙管をつかねて入れ、多くの中から、手にふれた一本を抜き出しまして、必ず始めにちょっと吸口と雁首とを見て、火をつけます。座布団の上に行儀よく坐って、楽しそうに体を前後にゆるくゆりながら、ふかして居るのでございます。
 亡くなった二十六日の朝、六時半頃に書斎に参りますと、もうさめていまして、煙草をふかしています。『お早うございます』と挨拶を致しましたが[#「致しましたが」は底本では「致したが
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