、よく皆が興に入りました。『今日籔に小さい筍が一つ頭をもたげました。あれ御覧なさい、黄な蝶が飛んでいます。一雄が蟻の山を見つけました。蛙が戸に上って来ました。夕焼けがしています。段々色が美しく変って行きます』こんな些細な事柄を私のうちでは大事件のように取騒ぎまして一々ヘルンに申します。それを大層喜びまして聞いてくれるのです。可笑しいようですが、大切な楽みでありました。蛙だの、蝶だの、蟻、蜘蛛、蝉、筍、夕焼けなどはパパの一番のお友達でした。
 日本では、返り咲きは不吉の知らせ、と申しますから、ちょっと気にかかりました。けれどもへルンに申しますと、いつものように『有難う』と喜びまして、縁の端近くに出かけまして『ハロー』と申しまして、花を眺めました。『春のように暖いから、桜思いました、あゝ、今私の世界となりました、で咲きました、しかし……』と云って少し考えていましたが『可哀相です、今に寒くなります、驚いて凋みましょう』と申しました。花は二十七日一日だけ咲いて、夕方にはらはらと淋しく散ってしまいました。この桜は年々ヘルンに可愛がられて、賞められていましたから、それを思って御暇乞を申しに咲いたの
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