ぐ『手に持ってお読みなさい』と申しました。
 この材木町の宿屋を出ましてから末次に移りまして、私が参りまして間のない事でございました。ヘルンの一国な気性で困った事がございました。隣家へ越して来た人が訪ねて参りました。その人はヘルンが材木町の宿屋に居た頃やはりその宿にいた人で、隣り同志になった挨拶かたがた「キュルク抜き」を借りに見えたのでした。挨拶がすんでから、ヘルンは『あなたは材木町の宿屋にいたと申しましたね』と云いますとその人は『はい』と答えました。ヘルンは又『それではあの宿屋の主人の御友達ですか』と申しましたら、その人は又何心なく『はい、友達です』と答えますと、ヘルンは『あの珍らしい不人情者の友達、私は好みません。さようなら、さようなら』と申しまして奥に入ってしまいます。その人は何の事やら少しも分らず、困っていましたので、私が間へ入って何とか言分け致しましたが、その時は随分困りました。
 この末次の離れ座敷は、湖に臨んでいましたので、湖上の眺望が殊に美しくて気に入りました。
 しかし私と一緒になりましたので、ここでは不便が多いと云うので、二十四年の夏の初めに、北堀と申す処の士族屋敷
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