年三月十九日でした。万事日本風に造りました。ヘルンは紙の障子が好きでしたが、ストーヴをたく室の障子はガラスに致しただけが、西洋風です。引移りました日、ヘルンは大喜びでした。書棚に書物を納めていますし、私は傍に手伝っていますと、富久町よりは家屋敷は広いのと、その頃の大久保は今よりずっと田舎でしたのとで、至って静かで、裏の竹籔で、鶯が頻りに囀っています。『如何に面白いと楽しいですね』と喜びました。又『しかし心痛いです』と申しますから『何故ですか』と問いますと『余り喜ぶの余り又心配です。この家に住む事永いを喜びます。しかし、あなたどう思いますか』などと申しました。
ヘルンは面倒なおつき合いを一切避けていまして、立派な方が訪ねて参られましても、『時間を持ちませんから、お断り致します』と申し上げるようにと、いつも申すのでございます。ただ時間がありませんでよいと云うのですが、玄関にお客がありますと、第一番に書生さんや女中が大弱りに弱りました。
人に会ったり、人を訪ねたりするような時間をもたぬ、と云っていましたが、そのような交際の事ばかりでなく、自分の勉強を妨げたりこわしたりするような事から、
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