で、玄関から座敷へ上げるのに余程骨が折れました。それに石のように冷たくなっていたので、気味のわるいことったらありませんでした。お察しのとおり、死体をひきずってゆく時、畳の上へ血のあとがついたものですから、家へひきかえして雑巾をとって来て、すっかり血をふきとったつもりだったのですが、臨検の警官に発見されたのは天罰です。血のあとをふきとっても、まだ安心ができませんので、それから、わたしは、近所の金物屋から小刀《ナイフ》を一挺買って来て、それを死体の背中へ突きさして他殺と見せかけようと思ったのです。その時ばかりは、さすがのわたしも、手がふるえて、あとから考えると、よく、うまい工合に小刀が突きさせたものだと不思議に思っているくらいです。玄関で殺した死体が、台所へいっているわけはそのためです。せがれは、わたしが玄関で、過失であの女を殺すところまで見ていて、わたしの身代りになってくれたものに相違ありません。ですからその後のことは何も知らないのです。私の申し上げたことをお疑いになるのなら、わたしの家の裏庭の無花果《いちじゅく》の根元を掘ってごらんなさい。血をふいた雑巾が埋めてあるはずです。それから、
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