とした。
「白状ですって、この上に? ではこれだけ申し上げても、まだせがれに対する疑いがはれんのですか? はやくわたしを縛って下さい。」
 判事はしばらく腕をくんで考えていたが、やがてまた口を開いた。
「どうしてもこれ以上打ち開けて下さらんなら仕方がありません。では、今おっしゃったことを、玄関の死体を台所へ運んでいって小刀をつき刺されたまでのところを、御面倒ですが、もう一度繰り返しておっしゃって下さい。ちょっと書きとらせますから。」
 教授は判事の質問のままに前の口述を繰り返した。秘書がそれを筆記した。筆記がすむとまた秘書は出ていった。
「いやどうも御面倒でした。これで、やっとこの事件の予審調書がすっかりできあがりました。」
「せがれ[#「せがれ」に傍点]の嫌疑はすっかりはれたでしょうな?」教授の気にかかるのはこの一点だけとなった。
「この事件では、最初から御子息の有罪を疑っている人間が二人あったので、意外にしらべが長びいたわけです」と判事はくだけた調子で語り出した。「その一人は、御子息自身で、もう一人は御子息の父親のあなたです。それ、いまだにあなたは御子息を疑っていなさる証拠に、わたしの言うことをきいて驚いていなさる。あなたは、あの事件の犯人が御子息だと思いこんで、死体を他の場所へうつしたり、死体にナイフをつきさそうとしたりして、それで、御子息の陳述と現場の証拠とをちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]にして、御子息が精神に異状を呈しているという証拠をつくり出そうとしなさったのです。ところが、御子息がどの道無罪になりそうもないと見てとって、今日は、とうとう自分が犯人だというような、大胆な自白をなさったのです。わたしにも子供があります。あなたの親としてのお心持ちはよくわかります。子供のためには、親はどんな馬鹿なことでもするものです……」
 判事の眼にも教授の眼にも涙が浮んだ。
「それにこの事件は最初からわかりきっていたのです。第一、わたしには物理学はわかりませんが、経験から考えてもあの寝台の倒れる力ぐらいで人間は死ぬものではありません。いわんや、起《た》っている人間が、うん[#「うん」に傍点]ともすん[#「すん」に傍点]とも言わずに即死するわけは絶対にありません。それに、御子息の陳述をきくと死体はかたくなっており、氷のように冷たかったということですが、即死した人間の死体が
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