すぐにつめたくかたくなっているというようなことは、とりのぼせた御子息をだますことはできても、裁判官をだますにはあまりに子供じみています。しかも、その上に、寝台と戸の格子とに妙な糸がくっついており、おまけに、寝台にはあなたと御子息と以外に、もう一人の男の指紋がべたべたついているのです。」
「それは誰の指紋です?」
「犯人の指紋です。もちろん犯人は林なのです。彼は前の晩にちょうど死体の発見された台所で兇行を演じて、嫌疑をそらすために、死体を玄関へもってゆき、玄関の戸をあけると、玄関の壁にもたせてある寝台が倒れるように、寝台と戸とを糸でむすびつけ、女が偶然その下になって死んだように見せかけようとしたのです。そのあとで御子息が玄関の戸をあけられたのでああいうことになり、それをまたあなたが知って死体を台所へつれてゆくというようなことになったのです。」
「そうとは知らず小細工を弄して何とも恐縮に堪えません。」教授は不思議な物語に驚きながら恐縮して言った。
「ところが、あなたの小細工が犯人の自白を早めたのです。というのは、どういう偶然か、天罰か、ちょうど林があの女をステッキで殴り殺した場所へ、寸分たがわず、あなたが、屍体を、その時とそっくりの姿勢でおかれたのです。そのために、明くる日、のそのそ兇行をやった現場へ出かけてくる程大胆な林も、この屍体の移動を見ててんとう[#「てんとう」に傍点]せんばかりにびっくりして、おそろしくなって、床下へかくそうとしたのだそうです。それから、あなたはナイフをさす時に手がふるえてうまくさせたのが今から思うと不思議だとおっしゃったが、あれはさせてはいないで、ただ死体の横に落ちていたということです。林がそれを拾い上げてあまりの恐ろしさに背中へ突きさしたのだということです……」
 あまりの意外な話に聴き手は無言でほっと吐息した。話し手もちょっと言葉をきったが、更にまた語りつづけた。
「林はすっかり白状しました。殺された女の身元も知れています。けれども林のことはあなたには別段関係がないから申し上げますまい、ただ最後におわびしなければならんのは、今日あなたをさんざん苦しめたことです。御子息の有罪を信じきっていなさるあなたに、とても正面から自白させることはできないと考えましたので、あなたを苦しめて苦しめて、『自分が犯人だ』と偽りの白状をしていただき、それをきっか
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