もなくうなだれている。牢獄か癲狂院《てんきょういん》か、どの道我が子は助からないのだ。彼の頭には陰惨な人生の両極がまざまざと描かれた。暗い考えが夜のように彼の心をとざして来る。彼はおそるおそる口を開いて、まるで腫物《はれもの》にでもさわるように、最後の質問をした。
「ではもう一つだけおたずねしますが、せがれはどのくらいな罪になるでしょう?」
判事は鼠《ねずみ》を生け捕った猫が、それを味わうまえに十分|弄《もてあそ》ぶときのように、ゆっくりと、落ちつきはらって、まるで他人事《ひとごと》のように語った。
「そうですなあ、過失罪になればたいしたこともありますまいが、謀殺となると――まあその方が可能性が大きいと見なければなりませんからねエ――謀殺となると、まず、九分通り死刑ですかね。」
「判事!」と原田教授は突然、ばねのように立ち上って叫んだ。
三
判事は多少の注意力をおもてに現わして膝《ひざ》をすすめた。
老教授の一時の昂《こう》奮は、しかし「判事!」と叫んだ一語のために、すっかり消えてしまったものと見えて、またもや、菜葉《なっぱ》のようにしおれてしまった。
「判事、もう何もかも白状してしまいます。わたしはまあなんという人間でしょう。この年をして、人に物を教える身でありながら、人もあろうに自分の最愛の子供に罪をきせて、今まで白ばっくれているなんて。わたしです。わたしがあの女を殺したのです。あの女を過《あやま》って殺したのはわたしです。すぐにせがれを放免して、代りにわたしを縛って下さい。判事!」
どんなに法律ばかりつめこまれた頭だって、このような劇的な告白をきいて平気でおられるはずはないと思われるが、篠崎予審判事は少しも驚いた様子も、感動した様子もない。まるで、ちゃんと予期していたような顔つきである。
「では玄関で殺した死体がどうして台所にうつぶしになって、しかも背中に小刀がさしてあったのですかね。林の陳述には間違いはありますまいが?」
原田教授は、もうすっかり落ちついて語り出した。口元にはずるそうな微笑さえ浮んでいる。
「その男の陳述は正確です。わたしが、犯跡をくらますために、死体を台所へひきずっていったのです。そうしておけば、誰か家を見にくる人があるにきまっているから、その人に嫌疑がかかると浅墓な考えをおこしましてね。屍体はかたくなっていたの
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