らう。しかし、この主張こそ、まさに私たちが排撃しなければならぬものである。それは明々白々な理論の否認である。混沌の讃美である。
 それは、二つ以上の真理が両立するといふ論理的矛盾を呈示する。かういへば、反対者は、有名なポアンカレのパラドツクスを思ひ浮べるかも知れない。彼は、地球が太陽の周囲をまはつてゐるとするのも太陽が地球の周囲をまはつてゐるとするのも、いづれが真理であるとは言へない。いずれの説明が便利であるかと言ひ得るのみであると主張してゐるのである。これは一見驚くべき説のやうに思はれる。しかしながらこれは結局同じ真理を如何に言ひあらはすかといふ表現の問題に帰することを私たちは容易に発見する。私が東京から大阪へ行つたといふのも、大阪が私の脚下まで動いて来たといふのも、地球外の観測者にとつては物理的には同じことである。ただ私を規準にするよりも、地球を規準にする方が便利なだけである。ポアンカレが太陽と地球との運動について言つてゐることもそれと同様である。私たちは、地球、或はその他如何なる惑星――木星でも海王星でも――を規準としてゞも太陽系の運動を算定することはできる。そしてかくして得られ
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