なら、こゝで文学の本質といふものは全く説明されてもゐず、且つ彼等はこれを説明しようとする努力を少しも示してゐないからである。それは神秘的な、分析することも説明することもできない、一種不可思議な霊域としてアプリオリに設定されてゐるのである。そして、一番いけないのは、この態度を当然であると是認し、公言さへもしてゐることである。
昔の化学者は、火といふものゝ本質を設定し、これをフロジストンと命名した。火を生ぜしめるものはフロジストンの作用であると信ずることによりて満足してゐた。ところが酸素の発見によりて、火は、可燃物質に一定の熱と酸素とを加へることによりて生ずるといふことが明らかにされた。フロジストンといふ神秘的存在が、酸素といふ、具体的な、大気の中にも水の中にも含まれてゐる元素として正体を暴露して来た。これと同じことは、生命の問題に関する旧生物学者の態度の中にも見られる。彼等は、生命物質の中には生気といふものが含まれてゐて、これあるがために生命物質は無生物質から区別されてゐるのであると信じて安んじてゐた。ところが近代の実験生物学者は、生命の神秘を細胞の原形質の中にさぐり、その化学的構成、
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