逸脱して、理論は空論となる。
 私は、文学の目的及び機能は、社会が進化し、従つて文学そのものが進化するにつれてかはつてゆくと思ふ。唯一絶対の目的を文学に課するわけにはゆかぬと思ふ。しかも、それは私が思うだけでなく事実である。このことは文学に限らない。建築を例にとらう。人間が最初家屋をこしらへた目的は、雨露をしのぐといふことであつたに相違ない。しかし、建築術の不断の進歩は、単にそれだけの目的では満足できなくした。今日の建築は、審美的な見地からも設計されつゝある。衣服にしてもさうであつて、当初は寒さを[#「寒さを」は底本では「寒さをを」]しのぐためのものであつたに相違ないのが、後には、装飾としての目的をより多くもつやうになつて来てゐる。(尤も熱帯人の衣服ははじめから装飾を目的としてゐたといふ説もあるが。)
 かくて、文学も、その発生の当初に於ては、単に感情の表現の一形式であつたに相違ない。表現といふことそのことが既に文学の目的であつたに相違ない。今日の文学にも、その痕跡はゝつきり残つてゐる。中世時代の抒情詩人の文学、近世の唯美派の文学等には、わけてもその特色が目立つのみならず、いつの時代に
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