生をおやめになって、私のラボラトリーで手伝って下さることになってのですね、そして冷たい科学の研究をしながら、私たちは……」
「愛しあっていたのですわ。凡てのものを、やきつくすような熱烈な愛で」
「私たちは、まるで若い学生同志のように愛しあいましたね。世間では、私たちが、この研究室の中で、しじゅう顕微鏡や試験管ばかりいじくっているように思っているが、そして私の家内もそう[#「そう」は底本では「さう」と誤植]思っているのですが、その実、私たちは一日じゅうこの部屋の中で、手を握ったり、抱擁したりして、愛の戯れをしつづけていたこともありましたね。研究の方は自然怠りがちになって……」
 二人の手はひとりでに動いた。はげしい抱擁がかわされた。
 房子はうるんだ眼をあけて彫刻のように落ちついた博士をじっと見ながら少しふるえを帯びた声で言った。
「でもその間に、先生は、妾《わたし》さえもちっとも知らない間に、あんなにすばらしい御研究をしていらっしゃるんですもの。人間の人工生殖だなんて、妾《わたし》ちょっとでよいから見せていただきたいわ隣のお部屋が。もう一月たちますわね。先生があの部屋をしめきって錠をお
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