理的に、突然気持ちが一変して、消極のどん底から此の上ない積極的な気持ちへ宙返りするときがある。いまの彼女がちょうどそれだ。
「そうだ、飽くまでも競争しよう。完全にすっかり博士を自分だけのものにして、しまわなければならぬ。名誉も家も夫人も子供も、そして生命の次に大事な研究もすべてをすてて妾《わたし》の懐へ飛びこませなくてはならぬ……」
「先生はいつかこんなことを仰言った……今度の実験は私の生命と名誉とをかけての実験ですから、万一しくじったら私は何もかも破滅なんだから……」
 彼女は血走った眼で隣室へ通ずる扉をちらりと見た。血を見た猛獣のように彼女は起《た》ちあがった。デスクの曳出《ひきだ》しをあけて彼女は狂気のように何物かをさがしだした。彼女の手には鍵たばが握られていた。あまりはげしい昂奮に理性を失った彼女は、博士の大事な実験を滅茶滅茶にして博士を世間へ顔向けのできぬようにし、どこか地球の果てというようなところへ行って自分と二人で恋愛三昧の生活を送ろうと考えたのである。――世界をも恋故に――クレオパトラの言葉が彼女には絶対者の暗示のように思い出された。
 意外にも一番はじめに試みた鍵がう
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