は研究すればいいんだ。研究の結果をどうするかなんてことは実際家にまかせておけばいい。いずれ法律家が何とかきめるだろう。ただ実験につかった[#「つかった」は底本では「つかつた」と誤植]精虫は私のものだから、私は当然父親であるべきだと思うが」
「そうしますと母親がないという事になるので御座いますか」[#「御座いますか」は底本では「御座ますか」と誤植]
 夫人の顔には淋しそうな表情が浮かんだ。博士はそれに気がついて、はげますような調子で言った。
「母親はないことになる。併《しか》し、いまにもう少し科学が進んだら父親のない子もできるだろう。精虫を合成することができたら。しかし、それはたしかに近い将来にできる」
「そうなったら親子の関係は妙なものになってしまいますわね。道徳も義務もなくなって。でも、さしあたって今の法律では、誰か母親にならなければなりませんでしょう」
「最も合理的に言えば、あの実験の手伝いをして貰っている内藤さんが母親になる権利があるんだが……」
 博士は、ちらっと電光のような速さで、夫人の顔を見た。夫人の顔はそれと同じ位の速さでさっと曇った。
「少なくも法律家が私に意見を求めに
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